◆ No 21日本下関
編 - 2002年11月
9月26日から10月5日までの9日間、山口県の下関市に行って来ました。今回はJGTO(日本ゴルフツアー機構)による2003年度の日本ツアーの出場資格をえるための2次予選会です。
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いつも時間的に余裕を持たず試合に挑んでいるため、なんと4日前にゴルフ場近くの温泉に到着しました。
日本に行く時の私の楽しみは、コンビニ。ここシンガポールでは値段が2倍〜3倍もする本(Hなものではありません)やビールなどが超安く買えます。
お店に入るたびに籠に入りきらない程買うのですが、この温泉の近くにはゴルフ場以外何もありません。まさに私の故郷マラッカより田舎の街だったのです。
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2次予選会の会場は全部で12個所、東は福島県から西はここ山口県まで自分の行きたい場所から順に申し込み用紙に番号を付けます。 シンガポールから参戦の私は勿論、成田空港に近い所から順番に書き込んだにも関わらず、最後に選んだ下関ゴールデンクラブが当たりました。
去年は3次予選でルールミスで失格になったため、JUN OJIMAもついに目をつけられ、いやがらせをされたかなと思っていたのですが、今回、昔、アジアサーキットで一緒に戦っていた富田正行・原孝先輩達と会場が同じだったため、昔のトーナメントの話で盛り上がっているうちに、何故、ここを選んだかと言う話になり交通の便の悪いこの会場はどうやら、締め切りの日、ギリギリにお金を振り込んだ者だけが、与えられる最高の場所だったのです
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勿論、九州・沖縄のプロの方は始めからここを選び車で移動し少し離れた繁華街のホテルに泊まっていました。
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試合が近づくにつれ、温泉のご飯に飽きて来た同、先輩の中になんと実家が精肉店を神戸で営んでいる方がおられ、最高級の神戸牛3キロを送ってもらい、私も含め3人で毎日、すき焼き・ステーキと贅沢な晩ご飯をご馳走になりました。
練習場のボールが高いため(30球400円)一旦、打ったボールをまた、拾いながらセコクやっていたのですが、そこは日本大国、まんまとみつかったのでした。
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でも異国の地、日本に来ているJUN OJIMAは華麗なマレー語でその場を逃げ切り、大成功のはすが試合の方は初日9オーバー『早くシンガポールに帰りなさい』と言うスコアーを叩き出し、4日間、ビリ争いをしながら逃げる様にシンガポールに帰って来たのでした。
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